| 日 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 |
| 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 |
| 15 | 16 | 17 | 18 | 19 | 20 | 21 |
| 22 | 23 | 24 | 25 | 26 | 27 | 28 |
| 29 | 30 | 31 |
経営理念を100回書き直し!
でもスタッフには伝わらない!
なぜ?
そこから生まれた社歌プロジェクト。
スタッフ全員にヒアリングして完成した「ONENESS」。
その歌詞に、河村社長は衝撃を受けた。
感動さめやらぬうちに、その曲が一人の生き様を変える。(しかも社外の方)
「この曲を、自社だけのものにしておくのはもったいない!」
そして、今回の全国ツアーを企画。
ぜひぜひ皆様、この動画をご覧いただき、音楽が持つパワーと、それを社会に広げようとする漢の生き様を感じ取っていただければと思います。
河村社長、お忙しい中、ありがとうございました!!!(私も正直、見ていて目から塩水がウルりました!)
完売間近の会場もあるようです。チケットはこちらからどうぞ!
http://www.oneness-tour.jp/
イントロのCMは、「まどかちゃん」が制作してくれました!ありがとうございます!
全国ツアーを前にした、一途の意気込みをどうぞご覧ください!
↓チケットはこちらからどうぞ!
Honda Cars 若狭プレゼンツ 「一途」 - oneness - 全国ツアー2010
いやあ、こんな素敵なページができあがるとは。。。
Honda Cars 若狭プレゼンツ 「一途」 - oneness - 全国ツアー2010
ホンダカーズ若狭の河村社長はじめ、スタッフの皆様、本当にありがとうございます!
全国にワンネスの喜びと尊さを伝えたい。一途が作った楽曲「ONENESS」を聴いた河村社長の、切なる願いから生まれたこのツアー。
日程は、
9月3日(金)
福岡
9月5日(日)
那覇
9月19日(日)
広島
※このライブは、別の方の主催となります。
9月22日(水)
東京
9月25日(土)
札幌
10月2日(土)
大阪
10月16日(土)
仙台
10月23日(土)
名古屋
11月28日(日)
福井(敦賀)
以上、9ヵ所となっておりまして、このたび、公式サイトでチケットも販売開始となりました。
どの会場も、お客様と近い距離で演奏できるところだそうで、毎回どんな一体化劇が生まれるのか、私も今から相当ワクワクしております。
皆さまのお越しを、心からお待ち申し上げております!
※ツアー限定グッズも制作します!
※主催者、河村社長の熱きブログもぜひご一読を!
めっちゃ取り急ぎ、速報まで!
詳しい経緯は主催のHONDA CARS WAKASA 河村社長のブログで〜!(←最高のキックオフ会議でした!)
現在のところ、北海道、仙台、東京、名古屋、大阪、福岡、那覇プラス、前々から公演依頼のあった広島も加わりそうです。(変更あるかもしれません)
新たな情報が入り次第、掲載してまいります〜!
※小学校の音楽会で、私がアナウンサー(司会?)をやったようです。覚えていませんが。
「三ぶ 音がくかい。ほんばん」
やっと、音がくかいがはじまりました。
はじめは、ちいさな木のみをうたって口をよこにひろげ、大きなこえでみんなと、たのしくがっしょうしました。
うちでしゅくだいのれんしゅうは、むずかしくてむずかしくて、あにに、おしえてもらうと、たいへんじょうずでした。
ぼくとしては、はずかしいでした。
つぎは、ぼくとたかざわさんのアナウンサーとみんなのがっしょうとがっそうがはじまりました。
大きな空をいったとき「ちょっとへんなこえだな。」とおもいました。
たかざわさんのこえは、ぼくよりちいさいけどすごくじょうずでした。
ぼくは、かおをよく見ていったら口をあけてない子もいました。
でもきいてるとじょうずにうたっていました。
おわって、みんながはやく、はくしゅをしてくれたので、ぼくはちょっとはずかしくなってしまいました。
---
たかざわさん!教室のアイドル的存在だったと思います。元気かなあー。
ちなみに「大きな空」というのは、曲のタイトルのようです。
みんなで合唱といえば、昨年の東京ワンマンライブで、300人のお客様とウォンツスタッフ全員で歌った「愛の星を守り継ぐ者」。
心がひとつになったあの瞬間は、確実に私の走馬灯入りです。
きょう、アゼリアのかえりに、クミアイマーケットにいって、ほそいみちで、おにいちゃんがぼくを、ひろった子といったらおかあさんが、
「うん。」
といったから、ぼくは、おこってしまいました。
そしておかあさんがうんっていったからおかあさんとけんかをしてしまいました。
「なあ、ぼく、ひろった子。」
といったらおかあさんは
「おかあさんは、なんでもしゃべるのよ。」
ていったら、ぷん。としたかを(かお)でだまってしまいました。
ぼくは、ひろった子かためしてみました。
それは、わざと、いたくないようにころんでおかあさんが
「どうしたの。」
というかやってみるんです。
それをやってみせました。
でもおかあさんはやってきません。
もう一どやってみせました。
でもやっぱりやってきません。
ぼくはやっときがつきました。
ぼくは、ひろったこだときがついたら、もう、クミアイマーケットについていました。
ぼくは、たからさがしにきていたんでした。
しろいかみで200ばんとかいてありました。
そしてそれのかみお(を)
「まだみつからないまだみつからない。」
とさがしているうちに。
おこっていたのがなおってしまいました。
ぼくは、つかれたとおもいます。
---
母の愛を確かめる小学1年生。そしてすぐに忘れる小学1年生。
この後、拾った子(ひろし)と言われた仕返しに、くまひげ君を「工場で一番最初に作られた子(こういち)」と主張し、見事落ち込ませたことで溜飲を下げました。
きょうのよるめがねをしました。
ぼくは、ならべるのがいやでした。
ぼくは、ねむたいでした。
でもならべていました。
---
母は当時、クリーニング屋をしながら、ヤクルト配達、新聞配達、そして毎日、膨大な量のメガネの内職をしていました。
メガネの内職は、ネジ締め一個「10銭」という世界。
母と、「1銭って、お金なの?」「見えないけど、お金なのよ」とかって会話をした記憶があります。
私が学校をズル休みしたいと母に告げると、「まあ嬉しい!じゃあ一日中、メガネの内職手伝ってくれるわね!」とか言うので、学校のほうがマシだと登校したこともありました。
その作業は子ども目から見ても細かくて、苦労の多そうな仕事でしたが、このメガネ産業があったおかげで、私たち家族も助かったのは間違いありません。
産業が家族を救うという事実。
私も雇用を多く生めて、人類にも地球にも喜ばれる産業を作っていきたいです。
そしてできれば、そのスタッフの多くに社長になってもらいたいと思います。
それが私の中での、「会社を大きくする意義」の重要なひとつです。
私が生まれた場所からほど近い場所(梅浦)の夕景。
オレンジと、金色と、エンジェルズラダーと、羽毛のような雲と青空。
どこから見ようか迷うくらい、本当にゴージャスな地球からのプレゼントでした。
※撮影:プロカメラマンY氏